Clockwork Angesl the Novel Summary (part2)






第9章


 カーニバルのキャンプに受け入れてもらったオーエンは、たき火のそばに地面に寝転んだ。カーニバルの人々は彼が勝手にうろついたり寝転がったりするのを、まったく気にしていないようで、警備兵達のように、あなたはここにいるべきではないなどとは言わない。その自由を心地よく感じながら、彼は眠りにつく。
 睡眠時間は短かったが、目覚めはさわやかで、あたかも地面に不思議な錬金術の力が流れていて、エネルギーをみなぎらせてくれるようであった。
 カーニバルの人々は起き出して、朝の準備を始めている。オーエンはその中に、フランチェスカの姿を認めた。彼女の身体は生気に満ちて、その足取りは踊っているようだった。彼女は火喰い男であり、剣術使いでもあるハンサムなトミオと話していたが、彼が彼女の腰に手を回し、彼女が彼の頬にキスする姿を見て、オーエンは嫉妬めいたものを感じる。
「オーエンハーディ。私たちと一緒に朝ごはんを食べない」と言う声で振り向くと、それはチケットを売っていた、あごひげを生やした女性、ルイーザだった。彼女は彼の腕をとって朝食のテーブルに連れて行ったが、それは昨夜青警備兵が彼を連れて行ったものとはまったく違い、親しげなものだった。オーエンは感謝し、カーニバル一行と朝食のテーブルを囲む。そして微かなホームシックも感じたオーエンは、自分の故郷の村の話をルイーザにする。彼女は礼儀正しく聞き、そして言う。「私はその村を知っているわ」
「バレル・アーバーに言ったことがあるんですか?」と、自分の村にカーニバルが来たのはいつだっただろうか、と思いかえしながら聞き返すオーエン。それに対し、彼女は答える。「私たちは年中、たくさんの村を回っているけれど、どの村も同じようにデザインされているから、どこも同じ。そう――そう言う意味では、そこに行ったことがある、と言えるわね」それを聞いて、不思議に思うオーエン。すべての村は同じ――彼の故郷も、スタビリティにデザインされた多くの村の一つ。それなら別の村にも、自分と同じような果樹園の副管理者がいるんだろうか、と。
 一晩の宿泊と朝食のお礼に、片づけを手伝い、もっとやれることはないだろうかと、オーエンはあたりを見回す。カーニバルの人々は、朝の練習を始めていた。ルイーザと共に、その中に入っていくオーエン。そして、一座の力持ち、ゴルソンがバーベルを持ち上げる練習をしているところを通りかかる。「彼の名前は、ゴリアテとサムソンを混ぜたもので、本名じゃないのよ。彼はいいパフォーマーだけれど、無理はしたがらないのが惜しいわね。でも、気持ちはわかるの。彼の師匠――私たちの先代力持ちが、無理をしすぎて、持ちきれない負荷を持ち上げようとして、潰されて観客の目の前で死んだから」それを聞き、震えるオーエン。「みんなそれぞれ、物語があるんですね」
 剣術使いの火吹き男、トミオは専用のワゴンを持っており、その中の煙突からは、煙が立ち上っている。トミオはその前で、剣でボールを斬り、さまざまな色の煙を噴き出させるショウの練習をしていた。(掛け声は「Presto!」
「僕にも何かできることはないですか?」と、お礼をするつもりで言うオーエンに、「私はパフォーマーではないから。ただの見世物よ」とルイーザは言い、そしてフランチェスカに「オーエンハーディが私たちの仲間に加わって何かしたいそうよ」と告げる。いや、ここにずっといるわけじゃなく、帰る手段が見つかったら帰るつもりだが、と若干焦るオーエンだが、村の恋人、ラヴィニアと何もかも違うフランチェスカに惹かれるものを感じていたので、彼女のところへ行く。
「あなたは何が出来るの?」と言うフランチェスカに、「僕は果樹園の副管理者です」と答えるオーエン。「あいにく、ここには果樹園はないから」とフランチェスカは言う。
 その時、トミオのワゴンから派手な爆発音と煙が上がる。
「助けに行かなくて、大丈夫なんですか?」と問うオーエンに「いつものことだから。この程度で助けていたら、私たちは年がら年中彼の元に駆けつけないといけなくなるわ」と答えるフランチェスカ。やがてワゴンの中からトミオが咳き込みながら転がり出てきて、煙が晴れると、また何事もなかったかのようにワゴンに戻っていく。
「彼が危険な実験をしているのを危ないって言うと、それなら私が高いところでアクロバットの練習をしているのも危ないって、彼が言うから。まあ、お互い様よね」と、フランチェスカが言う。
 オーエンがりんごの果樹園をやっているのを知ったフランチェスカは、料理テントの所に積まれたりんごに目をとめ、「あなたはりんごを扱っているのよね。それなら、落っことさないようにしなさい。傷んでしまうから」そう言いながら、オーエンにりんごを投げる。彼は反射的にそれを受け止めるが、次々と投げられるりんごを落とさないようにするためには、持っているものを上に投げ上げなければならない。リズムがつかめず、りんごを落としてしまうオーエンに、「最初としては上出来だわ。あなたはジャグラーになったらいいんじゃないかしら」とフランチェスカは言い、落としたりんごを拾い上げて、再び投げていくのだった。




第10章

 カーニバル一行は野営地を出て、再び営業を再開するべく、クラウンシティへ向かう。オーエンはその手伝いをし、さまざまな遊具やゲーム、道具を運んでいくためにかなり大規模になった隊列、荷車や乗り物の間を、歩いて進んでいく。そして合間にジャグリングの練習をしていた。その前、自分は下手でりんごを落としてしまうから、カラーボールで練習したいとフランチェスカに言うのだが、「絶対ダメ」と言われる。りんごは落としたくないと思うから気合が入るが、ボールだったら気にしなくなるからと。それでオーエンは、りんごを二つ手に持って、練習にいそしみ、だんだんとタイミングがわかってくるようになる。それもウォッチメイカーのさまざまなプランと同じように、統一された調和的な動きなのだと。
 クラウンシティの入り口で必要な書類を提出し、営業のための費用を払うと、一行は街に入り、新たにカーニバルを開く場所まで行く。ジャグリングの練習をしながら歩いていたオーエンのそばに、フランチェスカがのった車が来て、「一緒に乗らない?」と言われ、乗り込むオーエン。フランチェスカは彼が持っていた二個のりんごのうち一つをとり、服で皮を拭いてから、食べ始める。「それは何回も落としているから、傷んでますよ。新しい良いのをあげたかったのに」と言うオーエンに、「いいのよ。少し傷んでるからこそ、おいしいんだから」と言うフランチェスカ。そういわれ、オーエンも残った一つのりんごを食べてみるが、たしかに新しいものよりもおいしく感じた。フランチェスカと一緒に食べているからかもしれない、とも思ったが。
 二人は車の中で、Clockwork Angelsのパフォーマンスの話をする。「私はわりと楽しんでるわ。あなたはなんでもないことでもすぐ感激するから、見たら吹っ飛んじゃうんじゃないかしら」と言うフランチェスカに、「本当に素晴らしそうですね」と無邪気に相槌を打つオーエン。「オーエンハーディ。あなたの無邪気さと楽観主義が、私は好きだわ」とフランチェスカに言われ、「好き」と言う言葉にオーエンはどぎまぎする。
「あなたがお客の中にいたのを覚えているわ」とフランチェスカは言い、「あの時いただいたバラをまだ持っていますよ」と言うオーエンに、「それは子供の感傷ね。大人ではないわ」と言う。「そう。僕はまだ大人じゃないんです。あと一週間で誕生日ですが」とオーエンは言い、それまでには村に帰るだろうと漠然と思う。
「でも僕はまだエンジェルのショウは見ていないんですよ。チケットがなくて」とオーエンが言うと、「あら、ちょうど二枚チケットがあったわ。今晩一緒に見に行かない?」とフランチェスカは言った。

 その夜、フランチェスカとオーエンは、天使のパフォーマンスを見に、クロノススクエアに向かう。オーエンは夢見ごごちだった。やっと天使のショウが見られる。しかも自分を魅了する、美しい女性と一緒に。ここに来てから困難なことも何度かあったけれど、それはこの結末に導くため――すべては最良の結果に導かれるのだ、そんな気がしていた。
 オーエンはチケットを護符のように握り締めた。それは金属製の薄い紙に印刷され、ウォッチメイカーのシンボルであるミツバチが刻印され、ホログラムのように光っていた。
「あなたが今夜のパフォーマンスのチケットを持っていて良かったです。僕はここに住所がないから、手に入れられなかったので」と言うオーエンに、フランチェスカは笑って言う。「あら、私たちはいつもチケットを持ってるのよ。それは偽物だから。でも赤警備兵には、違いなんかわかりはしないわ」
「に、偽物?」と驚くオーエン。「誰も疑いはしないもの。そもそも偽物が存在するなんて、レギュレイターたちは思いもよらないから」とフランチェスカは言う。
 チケットが偽物と知って、純粋な喜びが少し翳るが、フランチェスカが彼の腕を取ってぴったりと寄り添ってきたので、胸をときめかせるオーエン。しかし、村の恋人、ラヴィニアのことを思い、少し罪の意識も感じる。二人はやがて結婚する――そのことをオーエンもラヴィニアも疑っていなかった。いずれウォッチメイカーからの祝福が来て、そして――しかし、彼は今バレル・アーバーを出て、まったく違ったタイプの女性と一緒にいる。
 もしかしたら――それとは別のプランがあるのかもしれない。オーエンはそう思い始め、あらためてフランチェスカを見る。大いなるプランでは、今までと違う道が用意されているのだとしたら――
 そして彼らは、とうとうクロノススクエアの中心部についた。赤警備兵は何の疑いも持たずに彼らの偽チケットを受け取り、二人は中に入った。
 クロノススクエアはウォッチメイカーの各部署や、タイムキーパーの塔などの、壮麗な装飾を施された行政の建物に囲まれた広場で、中心に位置する時計塔は人々を見下ろすように聳え立っている。建物のあちこちにウォッチメイカーのシンボルであるミツバチが淡い光に照らされて浮かび上がり、冷たい火の照明ボールが空中にいくつも浮かんで、明るく広場を照らしていた。
 フランチェスカはオーエンを導いて、ショウがよく見える場所に連れて行った。広場は人々の熱気に満ち、そして見えない力が充満しているようだった。その広場の下には、クラウンシティ全体の中心になる、冷たい火の源がある。オーエンは足元からむずむずする感じを覚えた。やがてほのかな香りと共に広場にうっすらと煙が立ち込め、オーエンは心地よく、リラックスすると同時に、落ち着いた気分を感じた。
 空中に浮かんだ照明ボールから光が走り、空中に弧を描く。光のアーチが飛び交う中、四体の天使たちがタワーの中から現われた。光、海、空と大地をつかさどる四人の女神――薄い石の衣をなびかせ、巨大な翼をつけた、どのアラバスターよりも真っ白な美しく壮麗なその姿に、オーエンは息も出来ず見つめていた。それは夢で見る母の顔よりはるかに美しかった。天使たちは大きなオートマトン(からくり人形)なのだが、その動きはまるで生きているかのようだった。、
 四体の天使像が位置についた時、人々はいっせいに目を閉じ、ひれ伏した。そしてパフォーマンスが始まった。一体一体が順々に前に出てきて、厳かに神託を告げる。
「己の理解に頼るなかれ」「無知は真の祝福なり」「完全な愛と完全な計画を信頼せよ」そして「すべてのことは最上の結果となるだろう」そこで人々は唱和する。
「すべてのことは最上の結果となるだろう」
 最後に天使たちは飛ぼうとするかのように両手を上げ、そして人々もいっせいに両手を上げる。まるで飛ぼうとするように――
 やがてパフォーマンスは終わり、天使たちはまた塔の中へと戻っていく。息を詰めて見つめていたオーエンは深く息をつき、そこで連れの存在を思い出す。フランチェスカは笑って言う。「あんなに純粋に感激しきった表情を見たのは初めてよ。面白かったわ」と。彼女は天使たちではなく、オーエンを見ていたのだった。そして彼女は彼の頬にキスして、「ありがとう」と言った。




インタルード:アナキスト

 アナキストは時計台作業員のユニフォームに身を包んで、クラウンシティを歩いていた。そして彼は自らの中の激しい感情を隠し、平静な、他の人と変わらない表情をするすべを見につけていた。それゆえ、道行く人には誰にも気づかれていない。彼にはこのウォッチメイカーが支配する世界があまりに厳密すぎ、そこに属する人々があまりにも盲目であると思っていた。人々は自ら考えることなく、ウォッチメイカーのプランを絶対と信じ、決して規範から外れることなく、毎日を過ごしている。着る服もあり、食べ物も十分あり、家族もある――しかし、彼らは何も選ぶことが出来ない。自由がない。しかしそれに気づくこともなく、それが何かさえわかっていない。彼の中には、そういう人々の無邪気な楽観主義を羨む部分も、ほんの少しはある。しかしそれよりも圧倒的に、彼は自由を求めていた。
 アナキストに家族はいない。彼はとうの昔に、自分の名前を捨てていた。彼の左手はひどい火傷の跡があり、右手の甲には錬金術のシンボル――沈殿物を表すそれが刻まれている。それはまわりの溶液から精製されたもの――私の人生が今の私を作った。その意味だ。左手のやけどは、かつて錬金術の実験で失敗して負ったものだった。アナキストはその両手に、濃い色の手袋をはめた。そして彼は襟元に、小さなダイアモンドをつけていた。それは磨かれておらず、微かに赤みがかっている。それもまた、錬金術実験の産物だ。そのダイアモンドは彼自身の血から作られたもの――その実験の時にもまたひどい惨状になり、骨に食い込んだそのダイアモンドは、外科医の手によって掘り出された。それを彼は記念につけていたのだ。
 彼は気づいていた。この世界の極端な自由のなさを。それゆえ、彼はさまざまな抵抗を試みてきた。橋を爆破し、輸送を妨げ、いくつかの儀式を混乱ささせた。人々に気づいて欲しかった。たとえそのために、彼らの命が多少失われるとしても、無知のまま人生を送るよりはと。そして同時に、一人きりで戦いを続けるの少し重荷にも感じていて、仲間を渇望していた。自分と一緒に戦ってくれる同士――無名の、普通の人。でも一般の人たちとは違う人を。

 通りを行商人が歩いていた。長く白い髪と顎鬚に、灰色の帽子と服を着て、荷車を引きながら、行商人は言う。「何か足りないものはないかね?」
 何か足りないもの? なんてばかげた質問だ。アナキストは自らに言う。私に足りないものは自由だ。すべての人に足りないものは自由だ。何一つ選ぶことの出来ない人生なら、生きている意味はどこにある?
 道行く人は誰一人、行商人を気にも留めなかった。彼らは自分に何か不足があるなどと、考えもしないのだ。そして行商人はまっすぐにアナキストを見た。何かただならぬものを感じ、アナキストは手袋を引っ張った。そして彼は心の中で呟く。「私に足りないものは、思ったことを言えないことだ」と。そして行商人は先へと進んでいった。
 アナキストは微かな安堵を感じながら、自分の仕事に取り掛かった。街にいくつもある時計台、その時計を正しい時間――ウォッチメイカーが定めた時間に――統一していくのが、時計台作業員の仕事だ。その作業員の格好をして、その道具も持った彼は、時計台の一つに入る。
 彼はかつて、錬金術大学の学生だった。非常に優秀で、熱意と向上意欲に燃えていた。彼はいつかウォッチメイカーの後継者になりたいという野望を抱き、熱心に勉強し、そして自主的にいくつかの実験も試みていた。しかし、そのために彼は罰を受けた。ウォッチメイカーの支配するスタビリティでは、すべて決められたとおりに、スケジュールどおり、規範どおりに行われなければならない。そこから外れることは、たとえより良くしたいと言う意図であっても、認められないのだ。しかし彼はひそかに『がんばれ。私は君を応援している』と言うメッセージをどこからともなく受け取っていたので、きっと誰かが認めてくれているに違いないと信じ、勉強と実験を続けてきた。そしてある実験に失敗した時、彼は大学を追放された。花畑は皆、同じ丈の長さの花で構成されていなければならない。丈の長い花があったら、それは切らなければならない、と。
 大学を追われて放浪した後、彼はアルビオンに戻り、カーニバルの一行と知り合って、ひとシーズンを彼らの一員として過ごした。彼らは親切で、開放的で、自由な人々だと思い、彼らと共にショウをしていたが、ある日「それは行きすぎだ」と彼らにとがめられ、そこをもまた追い出された。そのさまざまな試練のためにこの世界の実情を気づくことができたのなら、それもまたいいことなのかもしれない。この世界が、私の今を作り上げたのだ――

 彼は時計の調整をした。五時までに――いくつもの時計台を、彼は調整していく。そして五時近くになると、彼はたくさんの時計台が見えるベンチに腰を下ろし、果物販売機で買ったりんごをほおばりながら、自らの仕事の成果を見る。
 五時になった。正時には、街の時計はいっせいにチャイムを鳴らす。それは均一の取れた、美しいハーモニー。すべての時が皆、同じペースで刻まれる、完璧な音色だ。しかし突然、それは不協和音に変わった。いくつかの時計台が、逆回転を始めたのだ。ある時計は数時間遅れになり、別のものは数分間狂った。時間がばらばらになった。統一は崩れた。人々は混乱して騒ぎ、レギュレイターたちは原因を突き止めるために駆け出していく。その光景を、アナキストはベンチに腰掛けながら、静かに見守っていた。




第11章

オーエンはカーニバルの一行と一緒に、彼らの手伝いをしながら、いくつかの公演を共にした。彼らは親切で寛大で、団長のマグナッソンはウォッチメイカーの許可を求めることなどしないで、彼を仲間に加えてくれた。一向にとって何か役に立つことをするように、とは求めたが、オーエンにはありがたいものだった。彼はジャグリングの練習もし、いくつかのりんごを傷めながらも、とりあえず何とか形にはなってきて、カーニバルに来てくれるお客たちの間で披露していたが、お客たちは彼がショウの一部だとは気づかず、「邪魔だ」と言われるだけだったが。しかし彼の楽天性と無邪気さは、カーニバルの人々に愛されていた。
 彼は移動途中に、電信局からバレル・アーバーへ向けて短い通信をする。僕は元気で幸せでいるから、心配しないで。いつか帰るからと。父やラヴィニアはきっと彼のことで気をもんでいるだろうと思えたからだ。パケット氏がその電信を受け取り、チクタク酒場で父や他の人たちにその通信を読み上げてくれるだろう。いつか帰ったら、酒場でりんご酒を飲みながら――その頃にはもう大人だろうから――彼の冒険を話すのだろう。時計仕掛けの天使や、天体模型や、カーニバルや、フランチェスカのことを。

 彼は滞在中、カーニバルの他の人々とも知り合いになった。カーニバルの三人のピエロ、デケ、レケ、ペケは、劇団の道化として笑いを取っていが、実は三人とも真面目で落ち着いていて、賢い人々であることも知った。彼らは自らのショウを完璧なものにするために、日々陰で練習を重ねていると言うことも。
 フランチェスカはトミオのワゴンを良く訪れ、時には夜遅くまでそこにいることもあったが、オーエンとも良く話し、一緒に食事をし、彼の無邪気な冗談に良く笑った。ある日、彼が綱渡りの練習をしている彼女のところに水を持って行った時、フランチェスカは「ここまで持ってきて」と言った。しかしオーエンは6フィートの高さに張られた練習用のロープでも竦んでしまい、進めない。フランチェスカは笑いながら台のところまで来て、言う。「また、いつかやってちょうだいね」と。
 ある日オーエンは、自分を可愛がってくれるあごひげを生やした女性、ルイーザとともにトミオの荷馬車を訪れた。トミオは彼女に「ひげを生やしてくれる薬」を渡し、ルイーザはそれを顔に塗りながら、喜んで立ち去る。彼のワゴンの中から時折立ち上る煙に興味を惹かれたオーエンはルイーザが去った後もそこに立っていて、「その中に興味がある」と言うと、トミオは彼を荷車の中に案内してくれる。
 彼のワゴンの中にはさまざまな錬金術で使う材料や、奇妙な装置、錬金術関係の本などがいっぱいだった。「あなたは錬金術アカデミーに行ったことがあるんですか? この街に来た時、僕はその建物の前を通ったんですが」と言うオーエンに、「いや、僕は錬金術アカデミーには選ばれなかったから。だから自分で選んだのさ」と答える。「僕も果樹園の管理人になることを自分で選んだわけではない」と、オーエンも認める。
「そして今の君はどうだ? 今の我々は。宇宙は計画を持って動いているが、若干道に外れたようだ。いつか修正してくれるだろうかね」と、トミオは小さな錬金術の実験を披露しながら言う。「カーニバルはスタビリティのためにではなく、はぐれものたちのためにあるのさ。そして時々同じようなはぐれものが時々やってきてはここに加わり、やがて去っていく。君もその一人だろう」と。
 オーエンは自分もいつかは帰るのだろうと思う。「明日は僕の17歳の誕生日なんです。僕は大人になります。そうしたらまた、変わると思うんです」
「カレンダーの上では、君は大人になるんだろう。でも僕ら他の皆にとっては、普通の日だ」トミオは実験を続けながら言う。「何人もがここにやってきて、去っていった。あるシーズン、僕には非常に熱心でやる気のある助手がいた。彼はたぶん錬金術アカデミーにいたことがあるのだろう。そう言っていた。あまり多くを語らないがね。たぶん、そこで何かがうまくいかなかったんだろう。彼は片手にひどいやけどをおっていた。皮膚だけじゃなく、かなり中までやられていそうな」
 その言葉に、オーエンはスティームライナーで会った男を思い出す。その男も同じように片手をひどくやけどしていた。
 トミオが扱っている小さな立体は輝いてオレンジの光る球体になり、あちこち動き回ると、最後に炎を上げて消滅した。彼は笑いながら、話を続ける。
「彼には、何かが欠けているように思える。彼ははD'angelo Misterioso (神秘の天使)と名乗っていた。初めの頃は、僕は彼と気があった。同類のように思っていた。でも彼はこういう小さな爆発や発火を、人を楽しませることに使うことは、あまり興味がないように思えた。一つ間違うととんでもない惨事になるような、派手なことをやりたがったが、それは危ないと、止めたんだ。でも彼は、なかなか納得しなかった。そうして最後にはここを出て行ったんだが、僕は別れを惜しんだとは言えなかったな」
「僕もそう言われないようにしたいです」と答えるオーエン。
「おまえさんは大丈夫だと思うよ」とトミオは言い、オーエンに小さなボールのようなものを六つくれる。「これでジャグリングをしてみたらいい。りんごのように」と。オーエンはそれで練習を始める。その球はだんだんと光を放ち、美しいが、うっかり一個を落としたとたん、悪臭を放つ煙を上げて爆発した。そして、さらに落としたもう一つも。それからオーエンは残りの四個は決して落とさないようにつとめた。
 彼は占いブースにいる老女とも知り合いになった。彼女はフランチェスカの曾々々祖母であることを知って驚くオーエン。彼女は首から上だけが、錬金術の秘術によって生かされ、身体は機械仕掛けのからくり人形だった。「ウォッチメイカーの初期の実験の一つだよ。あの人はひどくうろたえたらしい」と言うマグニッソン団長に、「ウォッチメイカーがうろたえた?」と驚くオーエン。でもそれ以上のことは団長は話してはくれなかった。
 オーエンは老女に、スタビリティ以前の世界のことを聞く。「私は若かったから、楽しかったわ。無秩序なことはあったけれど、それでも」と言う彼女に、聞いた話とは違うと驚くオーエン。そして彼女は言う。「もう一度あの人生を生きてみたい」と。

 翌日はオーエンの誕生日で、カーニバルの人々はお祝いをしてくれた。本当なら今頃、バレル・アーバーにいたなら、ラヴィニアと婚約をしていただろう。定められたとおりに――彼は自分の『真実の恋人』への思いに浸ろうとして、驚く。彼はもはやラヴィニアがどんな姿をしていたか、ほとんど思い出せなくなっていたのだ。
 カーニバルでの誕生会は愉快なものだった。彼らはケーキを焼いてくれ、トミオはこのために作ったカラフルな爆竹を鳴らし、三人のピエロ、デケ、ペケ、レケは特別なショウをやってくれた。ルイーザはりんご酒を注いでくれ、皆は陽気に歌を歌った。オーエンが二切れめのケーキを食べ終えた時、フランチェスカが彼の口元についたクリームを指で取り、それを舐めた。そして彼にキスをした。オーエンはもう少し彼らと一緒にいたいと思った。




第12章

 マグナッソン大カーニバルはクラウンシティを中心に、時々その四方の村に――どこも同じような村なのだが――興行に出かけていた。どの興行も二つとして同じ経験はなく、オーエンのジャグリングもだんだんと上達してきて、観客からいくらかのご祝儀をもらえるまでになってきていた。オーエンは途中何度か故郷バレル・アーバーへの電信を打つが、すぐには帰ろうと思わず、カーニバルの人々が大きな家族のように思えてきていた。
 フランチェスカは何度も練習用綱渡りロープの台の上から、オーエンに綱渡りをさせようと呼びかけた。彼は勇気を出して踏み出すものの、何度も落ちる。フランチェスカは笑い、「落ちるにしても、もっと優雅に落ちなきゃダメよ」と言う。そして彼女は綱をわたる時に、何を考えているのかを聞く。「落ちないように」と言うオーエンに、「それではダメ」と言う。「向こうにたどり着くように」「それもダメ」と。「ただ無心に、足元の綱と空気を感じて、自分の足を信じて歩いていけばいいの」と。それから何回かの試みを経て、オーエンはようやく綱を渡りきる。「これで一回目ね。大切なことは、繰り返すこと。それで落ちなくなったら、今度はその上でジャグリングをしてみたらいいわ」と、フランチェスカは言った。
 トミオは剣の技で観客を翻弄し、楽しませる一方で、カラフルな煙が上がるボールでもショウをしていた。そして三人のピエロを剣で追い回し、ズボンの紐を切って、彼らの水玉パンツを見せると言う寸劇もしていた。トミオとフランチェスカとの仲を、オーエンは非常に気にしていた。二人はとても仲が良く見えたからだ。
 力持ちのバーリー・ゴルソンはオーエンを強くしようと、さまざまなトレーニングをさせた。テントの土台を打ち付けたり――もっともこれは自分の仕事を軽くする意味もあったが、オーエンは気にしなかった――サンドバッグを叩かせたりした。「大切なのは、筋肉の力だけでなく、気合だ。確信を持って打つことだ」と彼は言う。
 そんなある日、マグナッソン団長は一行を呼び集めて言う。
「夏至のお祭りに、一週間、私たちはクロノススクエアで興行できることになった」
 自分達のパフォーマンスが天使たちやウォッチメイカーに見られることになる――それは素晴らしいことだ。広場への特別チケットを団長はメンバー全員に手渡し、それを受け取ったオーエンは一等賞を受け取ったような気持ちになり、今はしおれてしまったフランチェスカのバラが入っている内ポケットにそれを入れる。

 一行はある日、アシュケロンと言う名の村を訪れる。村の構造はバレル・アーバーや他の村とまったく同じだったが、この村は豚を飼う人々の村であり、果樹園や農業を営んでいる村とは少し気質が違い、乱暴で気が荒いように感じた。彼らはオーエンのジャグリングにもほとんど祝儀は弾んでくれず、失敗するとあざ笑う。
 カーニバルには、『想像上の生き物のケージ』と言う装置があった。それは四角い金属の箱に、いくつもの色のついたガラスがはめ込まれているもので、そこから覗くと、さまざまな恐ろしい、もしくは不思議な生き物が見られるというものだった。しかしその村の女性の一人はそれを覗き込んで、「何もない! お金を返せ!」と言う。観客たちがやってきて、いっせいにこの女性の味方をし、騒ぐ。そこにマグナッソン団長がやってきて、女性の言い分を聞き、「たしかに何もないです。返金します」とお金を返す。女性は去っていき、周りの野次馬もやがて解散する。
「本当にこれは何もないんですか?」と言うオーエンに、「覗いてごらん」と団長は言う。オーエンはおっかなびっくりのぞいてみるが、そこに見えたのはケンタウロスだった。驚いて他の窓を見ると、ドラゴンが見えた。さらにバシリスクや、グリフィン、ユニコーンも。「この生き物達、本物ですか?」と驚くオーエンに、「いや、これは見る人の想像の中から取り出した生き物なんだ。あの女性には、想像力が何もなかったのだろう。だから何も見えなかった。残念なことに」と、団長は答える。
 フランチェスカが空中ブランコのパフォーマンスを始めようとすると、二人の豚飼いの若者が、ブランコのポールに上ろうとした。オーエンは阻止しようとするが、「おまえはウォッチメイカーみたいに命令する。そんな権利はないはずだ」と彼らは言い、その行為をやめない。騒ぎに気づいたフランチェスカが降りてきて、「私のパフォーマンスだけでは満足ではないんですか? あなた方二人で、けんかをする方がいいんですか」と言うと、その若者たちは「むしろあんたとレスリングしたいね」と言う。その言葉にオーエンはかっとし、フランチェスカを守ろうとする。そして口論の挙句、手に持っていたトミオのボールを彼らに投げつけ、悪臭と煙でひるませた後、さらに手に持っていたりんごを投げつける。若者達は逃げていった。
 騒ぎを聞いて青警備兵達が駆けつけ、「騒動を起こしたので罰金だ」と言う。「だって最初に騒動を起こそうとしたのは向こうですよ」と言うオーエンに、「アシュケロンは彼らの村だ。君たちはゲストだ。ここのやり方に習え」と言う。フランチェスカは固い表情で「罰金を払います」と言う。
 マグナッソン団長は文句を言わずに罰金を払い、トミオは笑い、ゴルソンはオーエンを褒め称えた。でも、どうしてフランチェスカはがっかりしたような顔をするのだろう。
 その夜、フランチェスカに会った時、彼女はオーエンに言う。「何か言うことはないの?」「自分がしたことは謝ります。でも、彼らはあなたにひどいことを言ったから、僕はあなたの名誉を守ろうとして、そうしたんです」と言うオーエンに、「わたしが自分の身を、自分で守れないとでも思ったの?」と言うフランチェスカ。それはラヴィニアだったら思いもよらない台詞だった。
「でも、僕は頭にきてしまったんです。トミオはいなかったし――彼こそあなたを助けるべきだと思ったのに。僕は彼よりあなたを愛してます」と言うオーエン。
「トミオはもちろん、わたしを愛しているわ」と言うフランチェスカに、「でも僕は彼よりあなたを愛してます。僕を選んでください」と訴えるオーエン。それを聞いてフランチェスカの目は丸くなり、そして笑い出す。
「何言ってるのよ、馬鹿ね。トミオはわたしの兄さんよ」
 それを聞いて、オーエンは力が抜けてしまう。フランチェスカは彼を抱きしめ、キスをした。そして二人はテントの中へ入っていった。




第13章

 カーニバルの一行は、来る夏至祭の、クロノススクエアでの興行のために、準備に追われていた。遊具もゲーム器具もブースもすべてぴかぴかに磨かれ、一部の狂いもないパーフォーマンスができるよう、準備にも今まで以上に力が入っていた。そして町の中心に入るその時まで、彼らはクラウンシティの郊外で興行をしていた。
 その中で、オーエンは夢見心地だった。準備に集中しようとしても、フランチェスカのことが頭から離れない。その様子にルイーザは「あまりそのことで頭をいっぱいにしないほうがいいわよ」と忠告し、トミオは「フランチェスカは僕の妹だ。彼女は独立していて、生気に満ちて、情熱的だ。君の村の穏やかで従順な娘と一緒に考えない方がいい」と言うのだが、オーエンの耳には入らない。二人は肩をすくめ、去っていった。
 オーエンはマグナッソン団長が、アルビオンの地図を広げているところに会う。「このシーズンは忙しいぞ。冬海辺で過ごすまでの間に、できるだけまわらなければ』と言う。その地図を覗いたオーエンは、バレル・アーバーがその訪問地に入っていることを知る。「この時に家に帰ればいいんだ! なんて完璧なプランだ!」と喜ぶオーエン。
 郊外の公演にも、多くの観客たちが来ていた。クロノススクエアの興行でのチケットが取れなかった人々が、かなりつめかけていたのだ。
 オーエンの心はフランチェスカのことでいっぱいだった。彼女が自分の真の恋人だ。ラヴィニアとは比べ物にならない。なんてひどい間違いを起こそうとしていたのだろう、と。そしてニコニコしながら、いつものように観客たちの間をジャグリングして回り、いつも以上にりんごを落としたが、あまりに彼が楽しそうなので、お客達は文句は言わなかった。
 その観客たちの中に、オーエンは知った顔を見つける。それは自分をスティームライナーに引っ張り上げてくれた男――名前を名乗らず、左手にやけどのある男だった。しかしその男はすぐに彼の視界から消える。
 その後、オーエンにあったトミオは「ダンジェロ・ミステリオソ(神秘の天使)が客の中にいた。前に君に話していた男だ」と。「ああ、知ってます! ショウを見に来たんじゃないですか?」と言うオーエンに対し、トミオの顔は浮かない。「そうかもしれないが、何か面倒を起こしにきたのかもしれない。あいつは危険な奴だ。もしあいつを見かけたら、教えてくれ」と、オーエンに言う。
 しかしそれから何も変わったことは起こらず、オーエンはすぐにまたフランチェスカのことだけを考えていた。クロノススクエア公演ももちろん重大だが、それからのバレル・アーバーへの帰還が一番肝心だ。大人になったオーエンは婚約することを期待される。前からそのつもりだったが、少し道に外れたおかげで、彼の真の恋人を見出すことが出来た。なんと言うパーフェクトなプランなのだろう。元からきっとそう決められていたに違いない。フランチェスカが人生のタイトロープの上で、笑顔で自分を招いている。自分はその上を渡り、その上で彼女と一緒になるだろう――

 その夜、意を決してオーエンはフランチェスカのテントに行き、彼女が最初にくれたバラの花を掲げてプロポーズをする。「僕はあなたを愛しているんです。結婚してください。僕の故郷バレル・アーバーに行ったら、僕と共にそこに留まってください。一緒に果樹園をやって、温かい家庭を築きましょう」と。オーエンは彼女がそれを受け入れてくれると信じて疑わなかった。きっと自分に飛びついてキスをし、もしかしたら涙ぐんで頷いてくれると。
しかし、彼女は言った。「ああ、オーエン。あなたは確かにかわいい人だけど、わたしは決してそんな風にとらわれたくはないわ」と。そして彼女はテントの入り口を開けて、言う。「さあ、もうそんな馬鹿なことはやめにしましょうよ」
 彼女の言葉はオーエンにとって、冷たく、裏切りと感じた。
「ねえ、オーエンハーディ。あなたはわたしのことを、もっと良く知っているんだと思っていたわ」――彼女の言葉はトミオの剣のようにオーエンの心を切り裂いた。フランチェスカは言葉を捜すように、さらに言う。
「どうして、こんなことを思いつけたのかしら――」
 耐えられず、オーエンはしなびたバラを取り落とし、その場を駆け去る。しかしフランチェスカは彼をひきとめようとはしなかった。そのことが、より彼を苦しめた。



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